「Aquila chrysaetos」の創刊によせて

日本イヌワシ研究会初代会長 阿部 明士

待望の機関紙「Aquila chrysaetos」の創刊にあたり、イヌワシ研究会の目指す目標と、目的達成のために何をしようとしているかを会の主張として述べておきたい。

この狭い国土に1億1千万人余の人々が生活しているのに、そのうち何人の人がイヌワシを知っているのであろうか。その存在すら知らない人々は100パーセントと言っても過言ではないであろう。例え、日本にイヌワシが生息するということを知識として知っている人々も、その雄姿を見た人はほんのわずかの人であって、大部分の人々の生活とは無関係であって無関心のままにおかれている。

それ程にイヌワシは人々とは隔絶し、大自然の中で何万年かを孤々として生きながらえて来たものが、人々の無知と無関心さ故に昨今では何の注意もはらわれることなく、また知られることもなく、全国各地で-羽、また一羽と消えていく現状を座して待っていたのでは、やがて近い将来に気づいた時にはある地域で消え去り、いづれは日本国内から絶滅してしまっていたという危険が迫っている現実をまず第一に認識しなければならない。

そこで、イワヌシ研究会は、未だ解明されていないイヌワシの基礎研究を大急ぎで達成しなければならない責任を会の発足とともに背負ってしまったのである。

この重荷は研究会と会員個人個人が一致協力して目標に向って地道な努力がなければ達成できるものではない。

日本全土の生息数の実態もわからず、生息自然条件を満たす山地は日毎減少しているのが現実であり、イヌワシは今や増加を望むことは出来ないが、現在の生存数を永続させるためにも現状把握を早急に調査するとともに各地の個々、また、山系ごとの地域集団としての生活史を解明し、ひいては人間生活との連鎖、連続性をも含めて理論づける方向を模索し、イヌワシ絶滅に歯止めをかける役目をなし得るのも各地でそれぞれ研究しているイヌワシ研究会々員の研究成果にかかっているといっても過言ではない。

しかし、イヌワシの生態研究には常に大きな障害につきあたる。それは厳しい自然条件の中での調査であり、無駄な時間と労力をかけ、また、多大なる費用を投じなければならないことになるであろうが、会員個人個人のイヌワシに対する旺盛な興味と探求心でこれをカバーし、一人一人の研究成果の積み重ねで得られる貴重な経験と数々のデーターの集積こそが一歩前進二歩後退であっても着実に前進する足がかりであり、個人の目的意識と研究会の目標との一致により組織力との遠けいによってその成果は一段と加速されることが期待できることになる。

「日本イヌワシ研究会」が設立された目的は、会規約第3条で「イヌワシの調査、研究ならびに保護を目的とする」と規定している。

この目的のために、全国で永年にわたりイヌワシを研究し続けて来た人とそれに賛同した人々により一つの目的意識をもって会が組織されたのであり、この結成動機からしても今後のイヌワシ調査研究が飛躍的に発展するものと期待できるからである。

何故ならば全国各地で、各自がそれぞれに研究し、その成果が秘蔵されてきたものが会を通じ公表され、全国的な情報源として多くの初心者の参考となり、初心者には無駄な時間と労力をかけることなく同じレベルで調査研究に打ち込める体勢を作り、より多くの研究者を育て目的達成をしようとしているのである。

そこでこの目的を果すための事業として規約第4条の1項で「調査研究」を掲げている。前文でも述べたように日本のイヌワシはいまだ一般には知られざる烏であり、単に数の少ない烏、珍らしい烏、大きい烏としてしか、時の話題としてしか知らされず、これまで誰もが追求したことのない分野であり、イヌワシ研究会の現会員100名足らずの人員で全国を網羅し、調査しようとしているのであるから、当面は微々たる成果しか得られないかも知れないが、いづれにしても5年、10年と止むことのない息の長い調査により積み重ねることによる将来の成果に多大な期待ができるものである。

それでは研究会として何を第一に調査しなければならないか、それは全国のイヌワシ生息数の確定であり、その戸籍調査である。

現在、全国に生息するイヌワシは500羽なのか1000羽なのか、その生息する場所はどこなのか、一日も早く現状を明らかにし、全体像を日本地図上に書き入れることの出来る資料の基礎調査を最重点努力目標としたい。この調査のためには、より効果的な調査方法を検討しなければならないが、現在の合同調査方式(ミニ合同調査方式を含め)を改善したり、生息予想地域の確定方法、メッシュ調査法等、それぞれの地域に見合った方法を採開し、より効果的に調査し、精度向上を図り、会員相互の連けいにより飛躍的に結果を出したいものである。

研究第二は、イヌワシの生態、生活史の研究である。どの地域に何羽のイヌワシが生息し、どのような生活をしているのか、目的第一と並行して調査することである。

(1)生息環境の調査 生息条件の共通項として地形的なもの、餌となる動物を生産できる自然界の生物生産指数の確定、気象等の関係について調査する。

(2) 繁殖に関する調査 各つがいごとの経年繁殖状況、地域山系の全体的繁殖状況、世代交替、巣立幼鳥の生存率等を調査し、生活史を解明する方向で研究する。

以上、それぞれの調査研究を当面の数年間の課題として推進し、事業②に掲げる保護活動の基礎資料を集積するとともに、会員相互の研究成果を総合して、各地に発生するイヌワシの危機的状況に会としてリーダシップのとれる保護理論を確立し対処する方針を貫きたい。

また、研究会は、単に調査研究する団体として殻にとじこもるのではなく、常日頃から一般の人々にイヌワシという鳥の重要さを普及する努力も惜しんではならない。その存在すら知らない多くの人々の心の中に、はるか遠くの山々に秘かに生き続けるイヌワシを想いおこさせ、一人でも多くの人に「私はイヌワシは見たことはない、しかし元気に生きていると聞いてうれしい」と言わしめるよう努力するのが会と会員に課せられた使命でもあることを忘れてはならない。

そのような日の来るまで会員各自の努力と大いなる研究成果を期待して止まないものである。

「Aquila chrysaetos」の創刊によせて
No1. August 1981