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日本イヌワシ研究会 設立30周年によせて

日本イヌワシ研究会第3代会長 小澤 俊樹

1981年、全国のイヌワシ研究における先駆者達が集い、「日本イヌワシ研究会」を発足させてから本年で30年が経った。これは、本研究会を立ち上げ、日々イヌワシ研究のために労力と時間を割き尽くして下さった諸先輩方の継続した調査と、危機的状況の中でも何とか命をつなぎ続けてくれた、私たちの愛するイヌワシの存在があったことに他ならない。

30年前、初代阿部会長をはじめとする日本イヌワシ研究会の創始会員は、日本でその存在さえ全くといって良いほど知られていないイヌワシという鳥の全国における生息数とその戸籍把握を第一に、生息環境と繁殖状況の把握を第二の目標に掲げ、研究会としての活動を開始した。これは、現在も「全国イヌワシ生息数・繁殖成功率調査」という名称で、研究会の根幹事業として継続されている。この調査データは、全国に散らばる会員一人一人が、時には崖を登り、沢を渡り、自らの危険を冒し、イヌワシの棲むフィールドで集めてきた会員の血と汗と涙の結晶である。無論、仕事ではない。ワシを知りたい、守りたいという想いだけで行われてきた全て手弁当による調査である。また、日本に生息する大半のイヌワシ生息数と繁殖成功率を毎年把握し続けてきた事は、日本イヌワシ研究会会員の誇りであり財産である。さらに、この毎年積み上げられる調査結果は、日本におけるイヌワシ保護を考える際の絶対不可欠な基礎資料であり、これらのデータなしに保護計画を立てることなど決して出来ない。従って、今日まで受け継いできたこの“誇りと財産”は我々の手で必ずや継続させ、長期にイヌワシ保護に活用できる形としなければならない。そのためにも今、会員全員が一致団結して、調査の安定と精度向上を目指す。そして今後入会してくるであろう我々以上に強いワシへの想いを持った会員に繋げていく。この事こそが我々現会員の使命であり、責任であると考えている。

私が初めてイヌワシを見たのは1995年、そしてこの日本イヌワシ研究会に入会したのが1999年、12年前である。私は、会発足当初、すなわち繁殖成功率のすこぶる良かった頃のイヌワシを知らない。それでも、その頃は今より随分イヌワシを学ぶにはよい環境であったと思う。私が北陸でワシを見始めた当初、年間200日を超えるイヌワシ観察が許された。その頃は、背負ったザックに、イヌワシについての疑問や見たいシーンを、毎日目一杯詰め込んで山に出かけたものである。その疑問には、イヌワシ観察の先輩方も答えてくれたが、単独でも山に入ることが多かった私には、何よりイヌワシ自身が答えてくれることが多かった。その日抱いた疑問は、その日の内に答えてもらえることもある。しかし、日々の山通いで5年、10年経ってからふとした瞬間にイヌワシにより伝えられた答えもあった。これは、イヌワシを学びたいと考えていた私達にとっては、最高の幸せと言えた。繁殖している複数の、そして少しずつ違うステージのペアや雛を日替わりで見て回り、その個体、ペアによって、年によって様々な違いがあることを学んだ。当時、年200日以上のフィールドに入り、イヌワシを見られない日は年に1~2日。それ以外の日は、短時間や1回きりであっても必ずイヌワシの姿を見ることができた。しかし、今は違う。すでにその地域から姿を消してしまった場所での現状把握調査や戻ってくることを期待した観察を継続していることも理由ではあるが、フィールドに入る日の半分以上の日でイヌワシを見ることができない。このことは、これからイヌワシを観察し、学んでいきたいと考える方々にとって非常に厳しい条件の違いだと感じさせられる。

しかし、だからといって放っておけばイヌワシとイヌワシを取り巻くその環境は、より悪化してしまう可能性がある。ここがイヌワシにとってもだが、これからのイヌワシ研究者にとっての踏ん張りどころとなる。初代阿部会長がこのAquila chrysaetos 1号の巻頭言で「現在の生息数を永続させるためにも現状把握を早急に。」と書かれてから30年近くが経つ。残念なことにその頃に比べ日本に生息するイヌワシは確実に数を減らしてしまった。その原因は、多くが食物不足によるものだと言うことも会員の地道な調査からわかってきた。これは、地域によっても違いはあるだろうが、イヌワシ生息地において、開発が入り大きく改変されたことや広範囲に植えられたスギやヒノキが手を入れられることなく育ち、うっぺいした林を作ってしまったこと、またシカの大量侵入により林床の草木が全て食い尽くされてしまったことによる環境悪化もあるだろう。そして何よりも大きな事は、この数十年で人間の生活が山から完全に離れてしまったことにあると私は思う。私がまだワシを見に山通いする少し前の時代には、クズや落ち葉が家畜の糞とあわせて田畑の肥料として利用されていたと聞く。また集落を囲む山の裾野は、牧草地として使われ家畜はそこで草を食べていたとも聞いた。そして何より、各家庭では風呂や暖そして食事のために使う全ての燃料(薪や炭、柴と言われる小枝からスギ葉に至るまで)を山から頂戴し利用していた。その当時、里山の林床は裸足で駆け回れるほどすっきりしていたという。そして、そういった一昔前の話をしてくれた山間部に生活する方々は、皆声を合わせて同じ事を話す。それは、「ウサギが減った。」である。何千年と続いてきた日本人の生活が、ここたった40~50年ほどの間に変わってしまったのである。こういった急激な環境変化にイヌワシを含む野生動物は、ついていくことが出来なかったのだろう。

今の私たちの生活から化石燃料を取り上げ、豊かでありながらも多少不便でもあった一昔前の生活に戻ることは、文明の恩恵を享受している現代人には難しいことだろう。しかし、諦めては始まらない。食糧にも、住宅などとなる山の木にも、それぞれに価値と目的を付加してあげることである。安価で大量生産されるものではなく、国民の誰もが望んでいる安全で強固な物作りへと変える。それだけで、林業や農業を含む山間部での林や土地の利用、そして管理方法は変わるはずである。こうしたことを、イヌワシと人間双方の立場を理解しようと努力してきた我々が提案し、具現化に向けていく。そして、それらをその地域の生活に取り入れ長期的に継続させていく。これが今後イヌワシ観察に加え我々が次なる課題とすべきことだろう。いずれも簡単ではない。しかし、我々が愛するイヌワシを未来永劫のものとするためにも今、我々が動くほかないだろう。こうした前進は我々研究会会員だけでなく多方面に及ぶ関係機関の方々との協力、そして継続があってはじめて実現していくものだろう。

目指す所に皆寸分の違いもない。イヌワシと日本イヌワシ研究会の未来のため、今後も力一つに協力していきましょう!

イヌワシと山に感謝しながら・・・。

Aquila chrysaetos No.23・24 掲載 巻頭言